宣教師の心—-A letter of a missionary

前回の記事で書いた、ある宣教師が遺した手紙を訳しました。  

  

これを受け取り今も大切に持っている老宣教師が、宣教大会のメッセージの中でその方のことを話し、これを読んでくれた時、

ひと言ひと言が本当に、その通り!と心に響き感動したので、

コピーをいただきました。


「神さまに呼ばれたので

シリア(だったかな?)に行かせて下さい」

とその人が言った時、

人の考えで止めることはできない神さまからの確信を見て、

行くことに賛成したそうです。


紛争の地に出向き、数年後爆弾事故?に巻き込まれて召されたこの方の命は、無駄になったのでしょうか?

もったいなかったのでしょうか。


私はそうは思いません。


ただ生きて、長生きして死ぬだけ、

その方がもったいない人生ではないかと思います。


A letter of a missionary

who was killed by bombs explosion in Middle East.


牧師先生御夫妻へ

   私の死の際にだけ開封してください!

Dear pastor A and pastor B


You should only be opening this in the event of death!



When God calls there are no regrets.

神が呼ばれる時には、後悔はありません

I tried to share my heart with you as much as possible, my heart for the nations.

私は出来る限り、お二人とこの思いを分かち合おうとしてきました。

国々への私の思いを。


I wasn’t called to a place. I was called to Him. 

私はある場所に呼ばれたのではありません。私はあの方へと呼ばれたのです。


To obey was my objective, to suffer was expected. 

His glory my reward. 

His glory my reward.

従うことは私の目的、苦しむことは予測済みです。彼の栄光が私への報いです。彼の栄光こそが私への報いです。


The missionary heart:

Cares more than some think is wise

ある人々が賢いと考えるところを超えて、心を傾け、

Risks more than some think is safe

ある人々が安全だと思うことを超えて危険を冒し、

Dreams more than some think is practical 

人々が実際的だと思うことを超えて夢を見、

Expects more than some think is possible 

人々が可能だと思うこと以上を期待するのが

宣教師の心なのです。


I was called not to comfort or to success but to obedience 

私は快適さや成功へと呼ばれたのではありません。私は従順へと呼ばれたのです。

There is no joy outside of knowing Jesus and serving Him

イエス様を知ること、彼に仕えることの外には、喜びはありません。


I love you two and church family

In His care

Shalom 

お二人と、教会の家族を愛しています

神様のケアの中で

シャローム

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