お米のお話

―実るほど頭を垂れる稲穂かな(格言)―

「なんて美しいんでしょう!」
と言いながら、風は、青田をなでていきました。

きちんとならんだ稲たちは、葉を触れ合って
くすぐったそうに笑い声をあげました。

若い稲たちにとって、
人生はよろこびと楽しみに満ちていました。
この仲間たちと共に、これからすくすく育って、
りっぱな稲に成長するのです。
そしていつか、冠のような黄金の稲穂を頭にいただくのです。
画像


この中に一人、だれよりもぴんと背伸びをして立っている稲がいました。
この苗の名前はスラウ。
スラウは、見ためは他の稲とそう変わりませんでしたが、
誰よりも自分をほこらしく思っていました。
そしていつか大きなことをしてやろうと思っていました。

「おい、ぼくにさわるな」
とまろうとするバッタをスラウははらいのけました。
「ぼくをだれだと思ってるんだ」


ある時、田んぼのあぜみちを、歌いながら行く農夫がいました。

「高くあられたキリストは 
低くなられた 人のために
全てを持っていたキリストは 
捨てられた そのすべてを 
最後の衣さえ 
最後の衣さえ 
なげだされた
私を生かすために
  
正しかったキリストは 
あざけられ 罪に定められ
その権利も 力も ほまれも 
捨てられた その全てを
最後の衣さえ
最後の衣さえ
はぎとられた

ただ愛のゆえに
ご自分の命さえ
さしだした
私を生かすために」


スラウは、キリストが誰なのか知りませんでしたが、
この歌を聞いて、そんな人生はまっぴらごめんだ、と思いました。
「ぼくはそんな風にはならないぞ」
スラウは心に言いました。
「ぼくは、だれよりも偉くなり、すべてを手にし、みんなに尊敬されるんだ」


やがてスラウたちはりっぱな青年稲になりました。
まっすぐな穂が出て、虫もつかず、寒さにもめげず、丈夫に育ったのです。
画像

恵みの水は絶えず田を潤し、
陽の光はダイヤモンドのようにきらきらと輝いていました。
しらさぎはやってきてくつろぎ、
ざりがにやかえるはスラウたちのまわりを楽しげに泳ぎ回りました。
てんとう虫が一匹、ぶうんと飛んできて
「なんてみごとな稲穂だろう!」
と言いました。
世界のすべては、スラウたちのためにあるかのようでした。
 

とんぼが舞う頃になると、スラウたちの頭には輝かしい冠が輝いていました。
でも、同時にスラウたちは、
別の変化にも気がつき始めました。

茎には力がなく、葉には水気がなく、頭が重くなってきたのです。
まっすぐ立っているのが、とても難しくなってきました。

冠が黄金に美しく色づくにつれ、
稲たちは次第に、お辞儀をするようになりました。

が、スラウにはそんなことは我慢できませんでした。
「誰にも頭なんかさげるもんか、僕は誰よりも偉いスラウだぞ」
黄金一色に輝きだした田を見下ろしながら、
スラウはがんばって頭をぴんとあげつづけました。


ある日、嵐がやってきました。
根こそぎにされるかと思うような強い風雨が
一晩中吹きあれました。

朝、農夫が田んぼの様子を見にきた時には、
スラウはぽっきりと二つに折れ、
黄金の冠を地面に投げ出して、 泣いていました。

「ぼくはきっと折り取られて、捨てられる」
スラウは思いました。
「なんてみじめな一生だったんだろう」
でも農夫はスラウを残しておくことにしました。刈り入れはもうすぐだったからです。


やがて、刈り入れの時がやってきました。
「ああ、これで僕の人生も終わりだ」
スラウは震えました。
「何の役にも立てなかった。神様、ごめんなさい」
根元から刈り取られる瞬間、スラウはそう言って、
初めて心から頭を垂れました。


スラウはすぐに芯も葉っぱも失い、ただの粒になりました。
「せめて種もみになって、田んぼにもどる苗にしてもらえたら」
という期待もむなしく、あっという間に乾かされてしまいました。

「もう、失うものは何もない」とスラウは思いました。
でもしばらくすると、さらに叩かれ、もまれて、
最後の衣まではぎとられてしまいました。

そしてみんなと一緒にふくろに入れられ、白い米粒となって売られていきました。


すべてを失ったスラウがたどりついたのは、台所でした。
スラウたちは洗われ、
炊飯器の中に入れられました。

「うわぁ、火にかけられる」
スラウはぞっとしました。
ところが、予想もしなかったことが待っていたのです。


炊かれるうちに、スラウは自分がとてもやわらかくなるのを感じました。
それは、生まれて初めての感覚でした。
自分の中に水が入り込み、自分がふんわりと広がり、
他のお米たちとも、本当に一つになることができる感じなのです。

「ひとつになるって、こんなにいい気持ちなのか」
とスラウは感動しました。
「今まで知らなかった」

そのうえ、スラウは自分から、何かが出てきていることにも気がつきました。
今まで、あることも知らなかった甘みや香りが、
自分の中から出てきて、みんなのそれと溶け合い始めたのです。
「こんなものをぼくがもっていたなんて」
とスラウは驚きました。

今や炊飯器の中は、いのちの香りに満ち満ちていました。
そこには、
きらきら輝く太陽の笑顔、
満ち満ちた水の清らかさ、
稲穂を吹き抜けていく風のかぐわしさ、
やさしく力強い大地の抱擁、
そこに生きる生命のあたたかさがすべて、
あふれていました。

「ああ、こんなすばらしいいのちを、ぼくはもらっていたんだ」
スラウは泣きそうになりながら思いました。
「そしてこれを今、ぼくは他の人へと渡そうとしている。
ああ、これこそぼくが本当にしたかったことなんだ」


スラウたちはその一生を終えようとしていましたが、
そこには大きな大きな喜びがありました。

「こんなにすばらしいいのちを、ぼくらが与えることがなんて」
スラウは、他のお米たちと手を取り合ってよろこびました。
「ぼくたちは今、いのちを与えるものになった!」


やがて、まるで一つの体のようにつながりあって、
ふっくらと炊きあがったお米たちは、
お茶碗によそわれて、人々の口へ、そして体の隅々へと、
ますます小さく小さくされて、運ばれていきました。
いのちを与える喜びに、輝きながら。

―終―



「わたしは命のパンである」(ヨハネによる福音書6:48)


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 8

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い
ナイス ナイス ナイス ナイス
かわいい

この記事へのコメント

ななし
2011年06月07日 00:07
これは深いですねぇ!すごいなぁ。あっ、先生ファイトです。
ぶーネコちゃんのファン
2011年06月07日 17:16
すごいねえ。この本が用いられますようにー。クメール語版、早くみたいです。
ぶんこ
2011年06月07日 21:01
英訳まではがんばったけど、クメール語訳は出版社まかせです・・・^^; 
直すところや改良点があったら、ぜひ教えてください!!と、ただで編集してもらおうとする私・・・。
ちゃんと挿絵も描けて無事出せるように、この本が用いられるようにお祈り下さい~。
ゆきよinまつえ
2011年06月12日 00:51
Valvo先生から聞いたのだけど、「おめでとう!!」を言いたくてコメントしました。そして7月に松江に来るの?色々とお聞きしたいわ~!
ゆきえ
2011年06月12日 22:29
素敵!
言葉のひとつひとつが純粋で、まっすぐで、
洗練されて美しい!

本になったらぜひ買いたいわ^^
ぶんこ
2011年06月19日 00:22
ありがとう!^^
ぶーネコちゃんのファン
2011年06月20日 10:07
そういえば・・・ミンのおいしいカンボジアご飯レシピも、本にしてほしいな~。

この記事へのトラックバック