牧師・宣教師のストレスと燃え尽きについて(14)―霊的労働

<霊的労働・スピリチュアル・レイバー?>

牧師・宣教師などの霊的な働きというものは、
とてもドレインされるものです。
(ドレイン=流れ出るとかそんなような意味)
「ご自分から霊が出ていった」のをイエス様が感じたように、
ある意味使い果たすような感じ。

感情労働とはまた別かなと思うので、
追加で霊的労働について考えてみたいと思います。


<説教という霊的労働>

真剣に神様の語りたいことを語ろうとすればするほど、
説教という業が奥深いことに圧倒されます。
神様のことを人間の言葉で語るのがそもそも不可能な話で、
その不可能なことをするのが説教。

神様と人間は、永遠と一瞬、つまり太陽と火花より違うものです。
本来は、神様のことが人間にわかるわけも、語りうるはずもないのでは。
でも、神様は語られる。
そのギャップを越えて人間に語ろうとされる。
それは目に見える形で示されるとかではなくて、
言葉を通し、人の持つ霊という部分で初めてキャッチできるもの・・・。

教会や牧師のタイプによっても全然違うこだわりがあると思いますが、
説教(メッセージ)の完成までには大体、3つの段階があると思います。

まず、願い求める段階。
神様がまず自分自身にみ言葉を解き明かしくださることを
祈り求めつつ、耳をすまし・・・。ここが結構時間がかかり苦しいところ。
自分の言いたいこととかでなく、本当に神様が言いたいことを聞き取るには、澄んだ霊が必要です。
でも実際問題、まず心を静めるのさえ、一苦労。
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次に、語られたメッセージを形にする段階。
伝わるためにはどう語ればいいか、知恵を求めます。
伝えるというのは難しい作業で、
単に一と言えば一と伝わるというものでもないので、
相手の立場で、相手の魂への洞察力が要ります。
また知識でなく心に届くように、
ふさわしい構造や文体か、
例話や言葉も適切か、耳で聞くときに理解しやすいかにも気を配ります。

3つ目に、語る段階です。
神様が人々の霊に語られることを祈りながら、魂を注ぎだして語ります。
ここでもまた、ふさわしい語り方やコミュニケーション力が必要で、
神様の霊的な管となって語ります。
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神の言葉は、大きな何かをなす力のあるものです。
単なる「講義」ではなく、神様の言葉は生きていて、人を造り上げ、変革し、いやします。
人々の生活や生き方までも変えるようなことを、講談から言葉だけでやる、それが説教・・・。

どの段階を見ても、霊的にハードな仕事です。
霊を使うというか。
どの段階にも「自分」の思想や人間的思いが入り込んではならない一方で、
「自分」の人格や霊的な状態、表現力や知識や、配慮やスキルも必要とされています。
そのへんが複雑なところ・・・。


<祈りという霊的労働>

牧師の最大の仕事は何だと思いますか?
説教?
訪問?
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実は、祈ること。
・・と教わりました。

結局、働きのどの側面をとっても、
祈りなしには&祈りつつしかできないですしね。。

で、祈りというのは楽な仕事か?というと、
これまたそうでもないわけです。

「病床は身体も心も鈍くなる場所です。そして、祈りは仕事です。
世界中で最も精力を必要とする仕事です。」
(エミー・カーマイケル)

彼女は
「悪魔は絶えず、私たちの半時間の祈りに対して戦いを挑んできます」
とも言っています。

いやしのために祈ると自分が体調を崩す牧師とかもいましたが・・・
すごく霊を使う仕事なのは確か。



<伝道、カウンセリングという霊的労働>

本気で人の話を聞くことは、結構大変な労働です。
試しに10分でもやってみると、どんなに疲れるものかわかります。

語ることも、本気で神様に「聞きながら」、
本当に自分の深いところから言葉を語ろうとする時、
口先や頭だけでの作業ではなく、霊的な仕事です。

本気で人の魂を勝ち取ろうとする時、
人の心の深みにあるさまざまな障害物を一つ一つ
解決しようとする時、
様々な妨害の大波に遭いながら誰かを導いていこうとする時、
霊的な労働というか
忍耐強い奮闘というか・・・があると思われます。


まとめ:

神様に用いられるだけなので、何もしないで脱力してればいいかと思いきや、
決して楽な役回りでもないのが面白いところ。

体や感情が、使えば疲労するのと同じように、
霊的な闘いを闘っている人は皆、霊的に疲れます。

牧師や宣教師は、ヒマそうにみえても霊的な労働をしているので、
とても疲れて当然なのではないでしょうか。

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この記事へのコメント

tanabe
2010年12月25日 15:44
とても興味深く読ませていただきました。これまでの記事も少しずつ読んでみたいです。わたしもケニアで宣教師として仕えていますが、ストレスありますね。お働きに祝福がいつもありますように。
ぶんこ
2011年06月11日 23:32
tanabeさんへ:お返事が遅くなりました!宣教師や牧師は霊的な戦いの最前線で攻撃の中にありますから、それだけでも大変ですよね・・・お祈りします!
ミロ
2015年08月20日 18:41
いやあ、ほんまにそう思います。燃え尽きについて、自分のこととして考えたこと無かったけど、読んで実感しました。メッセージ、祈り、カウンセリング、どれにも共通する大きな喜びがありますが、同時に霊的なと言うのがぴったりくるような疲労があります。記事、ありがとうございました。
ぶんこ
2015年08月22日 18:11
ミロさんへ:よくわからないけどぐったりしてしまうとか、霊的な疲弊ってありますよね。そして全然疲れないときとか、かえって元気になる時もあるし、見えない次元の労働(あるいは戦い)なので不思議ですね・・。最近霊的な戦いについてもっと教えられています。普通の労働というよりも、戦闘員としての働き、ですね。

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