牧師・宣教師のストレスと燃え尽きについて(8)―「管理」職のストレス―

牧師職をいろいろな職種から考えるシリーズの最後を飾るのは、
「管理者」としての牧師です。

ここでいう「管理」職というのは、
リーダー、ボス、長、統率者、指導者、指揮者、責任者、中心人物、まとめ役、など
まぁなんでもいいんですが、そういう役目としての職を指します。

前に書いた「先生」職ともちょっとかぶるようですが、違うのは、
「先生」職は専門家としての技能の部分が大きいのに比べて、
「管理」職は、人の集団、「団体」の中でのプレッシャーが大なのが特徴。

人を束ねる、まとめ役のストレス
意思決定者としてのストレス
期待の高さによるストレス
板ばさみのストレス
孤独のストレス

などなど・・・が考えられます。


<指揮者に求められるもの>

先日、友人と3人でクラシックのコンサートに行きました。
近くの会館で、無料でした。

個人的には、オーケストラのコンサートで一番好きなのは
演奏前の音あわせですが、
今回は、まっさらな空間に、指揮者の一振りで
突然「音楽」が誕生した瞬間、
すごい。
と思いました。

演奏を聴きながら、教会のことを思いました。

一人一人は、形も様々の楽器で、
そのハーモニーの美しさは息もできないほどですが、
でもそれは、楽譜(聖書)に沿い、
またタクトに息を合わせているからこそ生まれるんだな~と。

そして指揮者の存在について考えました。

曲を読み解き、
作曲者(神様)と一つ思いになって表現し、
かつ全体に目を配り、心を通わせて、
一人ひとりを生かし、一つにする。。

そんな高等技術/能力?が求められるのが、牧師?

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<リーダーの大変さ>

たとえば、こんなものが要求されます、と言ったらどうでしょうか。


先見性  
独自性  
洞察力 
判断力  
企画力  
決断力  
行動力
交渉力  
表現能力
理解力
説得力  
統率力 
管理能力
問題解決力 



うわ~。

と思われた方、ご安心を。
これは、別に牧師のための項目ではありません。
「経営者に必要な力」というところから略用したものです。

(もちろん経営者にも、これが全て必要なのではないそうで。
もっと大事なのは、パートナーやブレインとなる人、理想や志だそうです。)

とはいえ、同じサイトの以下の文は、
リーダーのストレスをよく表しているなぁと思いました。

「経営者のストレスは、サラリーマンのストレスとは比べものになりません。
多くの経営者はたくさんの人的交流があり、
一見、大変元気に見えます。
しかしながら、経営者というポジションは
非常に孤独なものといわれています。
「常に明日が見えない」という不安にさいなまれながら、
どんな状況においても精神的な強さを求められるのです。」
(以上http://www.arc-net.co.jp/arc-net/venture/1.htmlより)
  
強引ですが牧師に置き換えてこれを言い換えるならば、

「牧師のストレスは、信徒のそれとは比べものになりません。
多くの牧師はたくさんの人に囲まれ、一見、大変元気に見えます。
しかしながら、牧師というポジションは非常に孤独なものといわれています。
「明日のことを思い煩うな」というみ言葉に支えられながら、
どんな状況においても精神的な強さを求められるのです。」

みたいなことになるかもしれません。

ともかく、どんな小さなグループであっても、リーダーというのは大変な重圧です。
こういう職では、仕事の量よりも、質がストレスのもとになるそうです。
そしてその責任の重さは、グループの大きさとは関係がありません。
むしろそのグループの状態によって左右するかも?

特に、大変な時期には、リーダーにかかる負担は大きくなります。

たとえばオイルショック期や、バブル期には、
管理職に倒れる人が急増したとか。

「状況が急変する時、管理職には、
的確な状況判断とそれに対応するための創意工夫が求められることになります。
このような要求度の高さから来る負担のストレスがきっかけとなって、
心臓発作や過労死が増えた可能性も考えられるのです。」
(healthクリック http://www.health.ne.jp/library/0700/w0700023.html


私はリーダーシップをとることが苦手な人間なので、
どんなリーダーであろうと、その重荷を負ってくれる人々には、感謝せずにいられません。
脇から茶々を入れている方が、よっぽどラクです。
「じゃあお前がやれよ!」と切れることもなく、
耐えてくれているリーダーは、偉い。

これ結構好きです。

画像

「説教者専用 (駐車したら説教すること)」

あるリーダー訓練の資料にこんなのもありました。
わかる人にはわかりすぎて笑えるのでは。。。

<<逆説的リーダーシップの十戒>> 
       (ハワード・ファーガソン 私訳)

1.人々は理不尽で筋が通らず自己中心である
  ―ともあれ愛せよ

2.善をなすと、利己的な下心があると責められる
  ―ともあれ善をなせ

3.成功すれば、偽の友と真実の敵を得ることになる
  ―ともあれ成功せよ

4.今日あなたのする善いことは、明日には忘れられる
  ―ともあれ善をなせ

5.真摯で正直であると、非難を受けやすくなる
  ―ともあれ真摯で正直であれ

6.最大の人々の最大の考えは、最小の人々の最小の考えに打ち倒され得る
  ―ともあれ大きな考えをもて

7.人は弱者が好きだが、勝者にのみ従う
  ―弱者のために闘え

8.建て上げるのにあなたが何年も費やしたものは、一夜にして滅ぼされ得る
  ―ともあれ建てよ

9.人々は確かに助けを要しているにもかかわらず、助けるとあなたを攻撃する
  ―ともあれ助けよ

10.この世に対し最善のものを与えるなら、たちまちこてんぱんにされる
  ―ともあれ最善を尽くせ


ところで、これを読んで最初、
・・・これリーダーのためのなの?
と一瞬思い、
それから、ああ、リーダーとはこういうものなのか、と改めて思ったりしました。

リーダーとは何か?
ということをも、考えさせられます。


<リーダーとは何なのか?>

リーダーシップがあるタイプ、と言っても、実はいろんなタイプがありますしね。

一人の声も残さず拾いあげるタイプもいれば、
おりゃー行くぞ!と掛け声をかけるタイプもいるし。
先立って見本を見せることもあれば、
手を出さずに見守ることもあるでしょうし。

リーダー論は奥が深そうです。

リーダーである以上、一人で突っ走るわけにもいかず、歩かねばならなかったり、時には後戻りをしなければならなかったり、
全体や先を見ていて見えることがあっても、それを全体に共有しなければならなかったり、
人間的な力を行使して人を動かす方があまりにも簡単で、その誘惑に負けそうになったり、
そんな目に見えぬいろいろな苦悩も、ありそうです。

<教会のリーダーとは何なのか?>

ちなみに、
牧師が教会のリーダーなのかどうか。
ここからはじめないといけない議論なのかも?

教会によっても、
牧師の権限がむちゃくちゃ大きいところもあれば、
なんでもみんなで決めるところもあります。

でもまぁ、リーダーとみなされている・リーダーであることを期待されていることが多いと思うので、
そういう仮定で話をすすめますが・・・。

しかし一体、牧師って本当にどうゆうリーダーなんでしょうか。。。


まず第一に、「新入社員がいきなり管理職」的無理があります。
(これについては、藤掛先生のが面白いです。
http://fujikake.jugem.jp/?eid=1121#sequel

大げさに言ってしまうと、入社後に突然経営者にされる、
みたいな話です。
で、よくあるドラマの筋書きでは、大体その会社はつぶれかけてたりするわけで、
・・ああ大変。
それを主人公が愛と統率力などなどで立て直していったりするわけです。

・・・。
おい、それ教会じゃないだろ~。


第二に、「新しい球団でいきなり監督」的微妙さがあります。

開拓伝道をしたのならまだしも、
多くの牧師は、どこかの教会の牧師ポジションがあいたところに
「ぽん」と送られるので、
どっちかというと最初の立場としては
「やとわれ店長」とか「新球団で監督」に近いものがあります。

その教会のリーダー的存在として何をしなければならないのか、
それが明確な状態で就任する人はほとんどいないでしょう。
なにせ行ってみないとわからない場合がほとんどですし。
実権?は他の人が握ってるとか、人々の気持ちは他につながってるとかいう場合もあります。
そういう中で、リーダーの役割を果たしながら、
だんだんと本当のリーダーにならなければならない、みたいな、
非常に難しいリーダー職ですよね~。

そんなやとわれ店長なのにもかかわらず、
日本やカンボジアは、上に立つ人が偉い人という文化なので、
牧師は「先生、先生」と、偉い人みたいに扱われることもあります。
(それもどうなのか~・・)
でも年齢や経験はあきらかに信徒さんの方が上だったりして、
ますますびみょ~さに磨きがかかります。

画像


教会のリーダー像は、まだまだ不明確ですね。
クリスチャンの心の中の「牧師とはこんな人」像を絵にしてみたら、
一人ひとりぜんっぜん違うと思います。

私たちは、牧師に何を求めるべきなのでしょうか?

教会のリーダー/牧師の、あるべき姿は、何なのでしょうか?

水谷先生も日本のリーダー像について書かれています。ご参考までに。
http://blog.chiisana.org/


私は、最近は個人的には、牧師が目立たない教会が好きです。
べてるの家の本ぽい言い方で言えば、
誰も牧師の顔色を見ていない、
牧師に頼りすぎていない、
牧師もみんなと一緒に働く仲間、
それでいいのでは?と。

でももちろん、いろんなタイプの人がいるわけで、
強いリーダーシップのある人は、それが用いられるのもあるでしょうし。
教会の状況と、賜物が合えば、それでいいのかも。

牧師にも宣教師にも、
いろんな人がいて。。。
それが教会の中で響き合えばいいのだと思います。

教会が美しい信仰の音楽を奏でたとき、
誰よりも喜んで拍手喝采されるのは、神様ご自身なのかもしれません。


そういえば、OMF日本委員会から送っていただいた冊子「聖書と精神医療」vol.25も、
「響きあう共同体」がテーマでした。
とてもよかったです。特に最初の論文とか、あまりによくまとまっていてわかりやすいので、これ以上まとめることもできません。
実際に読まれることをお勧めします!!

なんか脱線してきましたが、
ともかく牧師は、不明瞭な役割のリーダーを期待されており、
特に教会全体に大きなストレスのかかるような時期は、
牧師には、他の人より大きな比重でかかっていることを覚えたいと思います。



さて、職種別の検証はこれくらいにして、次からは
「燃え尽き」についてです。

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この記事へのコメント

T.O.
2009年10月06日 05:35
たまたまこのブログを知ったものです。小川先生、カンボジアに着かれたんですね。

私は小川先生に命を助けてもらった者です(先生は覚えておられないかも…う~ん)。今まで色んなクリスチャンの方と知り合いましたが、この人は別格。カンボジアというと色々大変でしょうが、どうかお身体御自愛下さいませ。

松江の一市民でした。
ぶんこ
2009年10月08日 18:44
T.O.さんへ:あ、こんにちわ~。お久しぶりです!私もおかげさまで無事カンボジアに着き、元気にしています。
松江は台風の影響はどうですか?どうぞお体にお気をつけて。

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