OMFニュース原稿 2009年4月~8月号

今までに書いたOMFニュースの原稿です。まだ読んでいない方はどうぞ~。

(OMF日本委員会のホームページでも写真つきで読めます。
  → http://www.hfj.com/omf/news2.html

こうしてまとめて振り返りながら当時の祈りの課題
(ここには載せませんでしたが)を読んでいると、
確実に祈りが聞かれていることを知ります。
感謝。。。

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2009年4月号  (最初なので、証し)

「カンボジアに導かれて」

<出会い>
九八年のカンボジアと二十一才の私の出会い、
それはOMFカンボジア主催の学生キャンプに参加したことによるものでした。

暑い国のために神様が造られた大きな葉の木々、
登ったらつぶれてしまいそうな家々、
その辺を歩いている鶏や豚、
子供たちのくれた木の実や花、
私の肩にとまっているカニ、
よく笑う青年たち、クリスチャンたちの輝き。

美しい大地、美しい人々、その下に、しかしなお深い戦争の傷あと。
全てのものが愛しくて、
幸福のあまり「ああ、このめちゃくちゃな交通の中で死にたい」と思ったくらい、
自分の中から愛があふれてきてたまりませんでした。

今まで知らなかったこの人々は、こんなにも愛してくれ、そして愛する友だったと知ったときに、
「私にできることは何ですか?私を使ってください!」と祈らずにはいられませんでした。

カンボジアとの最初の出会い、それは、
涙と幸福感が栄光に輝いて同時にあふれてくるような経験でした。

<召命の吟味>
 ―「もしイギリス中の人が全員救われるまで
誰もマレーシアに宣教に来てくれなかったら、私はキリストを知ることはなかったでしょう」―

日本の人々への思いがあり、
「カンボジアに呼ばれてしまったら、日本を見捨てることになる」
「行きたくないところに行くのが宣教で、行きたいところに行くのは自己実現」
と思っていた私は、このカンボジアへの情熱に少し困りました。
そんな時マレーシア人の友人が言ってくれたのが上記の言葉です。

しかし、これが自分の思いなのか神様からの思いなのか…
祈り吟味しつつ、その後一年間、日本で働き、マレーシアで英語を学びました。

その間に、「この思いはやはり特別なものがあり、
神様のカンボジアに対する愛が私に注がれているのだ」ということ、
と同時に「日本の教会にも私は召されている」こと、
つまり「橋」のように双方に召されていることを教えられていきました。

指が指の働きをすることが体(からだ)全体の益になるように、
「日本のキリストの体の一部として、私がカンボジアの上に伸ばされていくことは、
日本を見捨てるのではない、むしろ日本の教会の祝福になるのだ」
ということがだんだんわかっていきました。

<神様の道備え>
 その後二〇〇〇年、日本キリスト教団ホーリネスの群(むれ)(以下「群」)の東京聖書学校に導かれました。
これは、宣教師になるには回り道に思えましたが、
入学後すぐに神様の御計画を感じ始めました。
群の中で海外宣教への気運が高まっていくまさにその時期だったからです。

卒業後、日本の教会にしっかりと「橋」をかけることを願い、
島根県の秋鹿(あいか)教会で二〇〇四~二〇〇八年、牧会の恵みにあずかりました。
この四年間は本当に多くのことを学ぶ時となりました。

そしていよいよ教会を辞し宣教師になるための準備を始めた二〇〇八年度には、
群からのいわば最初の宣教師として祈って送り出して頂けるという喜びの展開となりました。

この間に、横山師夫妻の存在を通してこの群とOMFがつながるという不思議なことも起こり、
また「共に歩む会」の設立や、ニュージーランドとイギリスでの学びの道も驚くように開かれていって、
神様のご計画の素晴らしさを改めて賛美しています。
この十年間、早くカンボジアに行こうともがく私を根気よく導きながら、
神様は本当に最善の道を歩ませて下さり、
時が満ちるとあっという間に見事に扉を開き、
全て「私ではなく、神様がなさる」ことを見せて下さいました。

そして「いつもカンボジア、カンボジアと言っている文ちゃん」という印象だけは
長年のうちにすっかり周りに浸透し、
今もさらに日本各地で宣教の友との出会いを与えて下さっていく中に、
主が日本の教会をその偉大な業に用いようとしておられることをひしひしと感じています。

多くの方々と共に、神様の愛を分かち合うという使命を果たせることは、何という喜びなのでしょうか。

日本とカンボジアの教会の「橋」として、
そして何よりも人々とイエス様をつなぐ「橋」として、
用いて頂けたらと心から願っています。

 「ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。
同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。
…しかし、聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。
…遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう」
(ローマ10:12~15)

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2009年5月号

「語学と宣教の学び」

二〇〇八年の七月からこの三月まで、
ニュージーランドのイースト・ウェストカレッジと
イギリスのオールネイションズクリスチャンカレッジにて、
英語と宣教の学びをさせて頂きました。

トランク一つで地球を一周した変化の多い一年の中で、
また異文化での寮生活を通して、
多様な信仰のあり方に触れ心が広げられたり、強がらなくなったり、
自分が何なのかを見失ったり、逆にそれがはっきりしてきたり…

それと並行して、
宣教と文化、カルチャーショックやストレス、
誘惑や霊的闘い、管理やチームワーク…等の実践的な授業を受けていたため
「あ、それまさに私です」とうなずきながらの、
充実した学びの時となりました。

「知ること」はなんと大きな助けであり癒しであることだろうかと感じました。

私の今現在の英語力は、授業や会話はほぼ聞いて分かるけれど、
話す時は語彙が足りなくて困り、緊張すると上手くしゃべれない、という段階です。
言語ができないということは赤ちゃんのようになることだと思いますが、
私は英語の環境では小学生くらいの感じです。

「宣教地ですぐ働くことはできません。初めは言語の学びに専念します」ということに
意外さを感じる方もおられると思います。
でも今は、まず言語をしっかりと学ぶことの重要性を感じています。
私自身、長いなぁと思うこともありますが、
語学を学ぶこともすでに宣教なのだ、と教わり励まされています。

「宣教は関係作りから始まるものであり、
教えるという態度で来る人よりも、学ぼうとする人は、よい関係を作ります。
語学の期間からすでに宣教は始まっているのです」(授業より)。

まだまだ長い学びの時は(ある意味一生ですが…)続くと思いますが、
この変えられていく過程にこそ神様の栄光が表されることを信じつつ、
祈りつつ進んでいきたいと思います。

今後また諸教会を訪問させて頂き、オリエンテーション、そして宣教地へという、
再び変化と別れと関係作りの多い時期となります。
皆様の尊いお祈りに感謝します!

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2009年6月号

「むずかしくなかった」


皆さまお元気ですか?新年度が始まり少し落ち着いてきておられる頃でしょうか。
私も一歩一歩落ち着いてきています。
四月は、健康診断と心理アセスメントと教会訪問の月でした。

全く初めての札幌で始まった今回の教会訪問でしたが、
神様は励ましをたくさん用意していて下さり、
「おぉ~!」という再会や楽しい出会いが数々ありました。

出会ってみるとまるでずっと前から知り合いのような、
こういう方々とこれからもつながっていけるのはとても嬉しいです。

緊張して一生懸命するけれども、とてもつたない私のデピュテーションです。
でも、カンボジアとの出会いもそうだったけれど、
デピュテーションも「出会い、愛し愛され、それでお互い祈るようになる」という、
それでいいのだなぁと思いました。
以下はある帰り道に書き留めたノートです。

  「一日とか、一瞬の出会いで『愛する』なんてむずかしい。
 でも、むずかしくなかった。
 皆さんのやさしさや信仰に触れ、
 ああ素晴らしいな!と感動するのは、むずかしくなかった。
 励ましてもらい、祈ってもらい、
 心が感謝でいっぱいになるのは、むずかしくなかった。
 おいしい食事に感激し、美しい自然に感動し、
 また来たいと思うのは、むずかしくなかった。
 自分に近いものとして、
 祈る思いに導かれるのは、むずかしくなかった。
 私は無知だし、無力だし、皆さんには申し訳ないくらい非力なメッセンジャーで、
 緊張ばかりして何一つ「上手く」できなかったけれど、
 心の中に愛する気持ちがじんじんと残っている。
 これでいいんだと思った。」

いろんなことが「上手く」ない私です。「上手く」やろうとしてしまう私です。
でもそうではなくて、心から、
そして主からのもので、できたらいいと思わされています。
六月までの教会訪問が、そのようなものであるようにお祈りいただければ幸いです。


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2009年7月号

「共に歩める幸い」

夏の諸行事も近づいて参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私も七月のオリエンテーションに向けて準備に励んでいます。
その大切な部分である教会訪問が、体調も守られ祝されたことを、心より感謝致します。

五~六月は、
秩父、更生、勝浦、秋鹿、出雲のぞみ、松江北堀、
松江ルーテル、松江福音、松江、松永、香川、丸の内、
京都復興、鈴鹿、尾鷲、紀伊長島、桜ヶ丘、浦和別所、喬木、
流山福音自由、頌栄
の諸教会を訪問させて頂き、
また、東京と関西のOMF祈祷会、牧師会、留学生交流会やキリスト者学生会、神学校等でも
励まされ学ばされる交わりを与えられました。

出発を前に、平安が戻った時期でもありました。
三月に英国の学校を去る時に思ったことは、
「また二人きりになっちゃいましたね、主よ。
でもあなたがいるので嬉しいです」。
詩篇二十三篇が、飼主のそばを大喜びで歩く犬の笑顔に重なりました。
「主がわたしの飼い主、わたしには何も欠けることがない。」
主のそばを歩いていける幸い‥‥!

日本に戻ってから、どんどん進んで行く準備に不安感がやってきました。
でもJ+パッション青年宣教大会で、
「ああ、私の主人はこのお方で、私はついていくだけなんだな」と思わされ、
何だかとても安心しました。

「あんた、本気なん~?」「本気だ、俺はやるぞ」
という少々強引な主人について行く妻のように?
「ああ、この人やる気だわ」と思ったのです。
そしてこの方は必ずなさるのだろうと。
私はそれを見ながらまた、あぁ、この方本気でやってはるわ、とか思うのだろうなと。

教会訪問中のある日、
一日の御用を終え脱力して自転車をこぎながら
「もし私一人だったら、絶対こんなことしてない。私一人だったら‥‥」
とぶつぶつ言ってから、笑ってしまいました。
私は本当に独りじゃないんだなと実感したからです。

京都でも、あるご婦人が手を握って涙目で
「あなたがこれらのことをしてこれたのも、本当に神様がいて下さったからです」
と語って下さって、本当にその通りだと思いました。
そしてこのような家族がいるからだとも。

主が共にいて下さる幸い。そして祈られている幸い。
不安や孤独感を超えて前向きに出発できるように整えて下さっている主に感謝します。
皆様に主の祝福を豊かに祈りつつ、感謝しつつ。

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2009年8月号

「カンボジアに家と猫」

夏の空気にふと、東南アジアの雰囲気を感じたりするこの季節、
皆様いかがお過ごしでしょうか。

私もシンガポールのそんなもわっと暑い空気の中、
OMFのオリエンテーション・コース(OC)にて英語での学びと交わりに奮闘中だと思います。

今回のOCは過去最大規模。
46人の大人と21人の子供が様々な国から集い、
1ヶ月共にOMF本部で学び、
それぞれの宣教地に遣わされて行きます。
多くの同期に恵まれて感謝です。

カンボジアに行けるようにお祈りして頂き、ありがとうございました。
OMFカンボジアの方から「待っています」とのメールを頂き、どうやら行けるようです!

 「あなたに良い家がありました。
最初は一人暮らしだけれど、階下にカンボジア人クリスチャンの女性が住んでいて、
11月頃には一緒に住める宣教師も来ます」とのことで、
「うわ~、カンボジアに私の家がある...」
まるで、天に住むところが用意されているという御言葉のようで、感激しました。

さらにその隣家の宣教師ご夫妻から
「1年間ドイツに帰るので猫を2匹置いていきますが、いいですか?」とのメールが!
動物が最大のいやしである私にとってこれ以上の大きなプレゼントはなく、
歓喜の極みでした。神様の恵みに本当に感謝します。
 
6月半ばに坂本さんと共に候補者訓練コースの恵みに預かりました。
菅家夫妻がハンドブックからOMFのあり方、
木下師がシングルの祝福とチャレンジ、
牧野師が新人宣教師の心得、
伊豆師がストレス、
好江師が異文化交流について扱って下さり、
良い交わりと備えの時となりました。

やはり盛り上がったシングル談義では、
独身が「与えられていない」状態なのではなく、
結婚も独身も等価の恵みだということ、
そして必ず最善を与えて下さる神様に全く信頼することを教えられました。
この私に猫を備えて下さったお方が、
他の全てについても最善のことをして下さらないはずがあろうか、と思わされています。

8月4日にいよいよカンボジア入りです。なおお祈り頂ければ幸いです。

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(少し訂正もしました)

OMFニュースは毎月、スピエンレター(「小川文子と共に歩む会」のニュースレター)は年に3回です。
スピエンレターももうすぐ発行ですので、お楽しみに~。

次のスピエンレターの漫画です。

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この記事へのコメント

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2009年07月26日 23:03
ブンちゃんに猫を備えてくださった神様に、私も感謝して、期待して、祈ってるよ!・・・私にはカエルを備えてくださるかなあ!?なんて
「わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜わらないはずがありましょうか」ローマ8:32・・・前の記事のりさにも、この御言葉をもって励ましを送りたいです
ぶんこ
2009年07月29日 23:01
カエル!?うちの妹が聞いたら卒倒しそう・・・(笑)
りさのケーススタディにもコメントありがとう。
そうだよね~~。
神様は最善を知っている!

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