Ayako Mission 小川文子ブログ

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zoom RSS 天国で待っていてくれる子ができました Our 3rd baby waits in Heaven

<<   作成日時 : 2017/08/12 04:30  

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0

カミギン大自然教室の後、ボホールに一週間行ってきました。ガムのお父さんの70歳の誕生日をお祝いするのが主な目的でした。
旅はスムーズで、金曜日の夕方にカミギンに戻り、土曜からは普通の生活をしていました。
月曜に一週間分の洗濯物をし始め、ガムに送ってもらって花と一緒にアリを幼稚園に連れて行き、
ガムはカガヤン(ミンダナオ本島)で車の修理と、そのままボホール、セブと回って車の手続き
(もとの所有者のサインがいるだのと、フィリピンの書類は本当にいろいろ面倒なのです。)
をする予定で出かけていきました。

停電でアリの幼稚園は早引けになったので、3人でレラ(乗り合いタクシー)に乗り、
暑い中抱っこしてほしがる花をなだめながら(たまにだっこもしなければなりませんでしたが)
山を登り帰ってきました。
それから洗濯の続きをして一日が大体終わってしまいました。
子供たちと一緒にいつの間にか寝てしまい、夜に起きた時、少し出血しているのに気が付きました。

実は最近検査をして、妊娠10週間だということが判明していました。

出血は翌日も続きましたが、少量だったり止まったようだったりもしていたので様子を見ながら、
何もせずにベッドで子供たちと映画を観ていました。

午後そうして休んでいると、何かずーん、という感じが腰のあたりにして、
ちょっと出血が多くなったな、と思っていましたが、
気が付くとナプキンもパンツも超えてベッドがぐっしょり濡れてしまうくらいの血と水が出ていました。
びっくりしてトイレに着替えに行くと便器にどっと大量の血が出てきて、
ああ、もうだめにちがいない、と感じました。

洗っているさなかに手の中に大きめの塊のようなものが下りてきたので、
もしかしたらこれがベイビーかも!?と思って、
思わず手にしたまま「Is that you?あなたなの?」と話しかけてしまいました。
Is that you? Baby…? I’m so sorry…と号泣しました。
いろいろ塊っぽいものは出てくるので本当に胎嚢だったのかわかりませんでしたが、
もしかしたらと思うとトイレに流す気には到底なれなかったので、
少し考えて、その後にさらに出てきた胎盤っぽいものと一緒に念のためとっておくことにしました。

埋めてあげたかったのですが、穴を掘る力が出なかったのと、ガムと一緒に葬ってあげたいと思ったので、
ナプキンとラップとビニールに包んで冷蔵庫に保管しました。

ガムはもう船がなくその日に帰ってくることができなかったので、明日の朝一番に戻るということでした。


泣きながら部屋に戻ったので子供たちが何事かと驚いてしまい、
アリに「アリ、ベイビーはたぶん、行ってしまったよI think the baby is gone…」と言うと、
今どこにいるの?と聞いてきて、私はまだショック状態だったので、
ただ行ってしまった…と繰り返すことしかできませんでした。

アリはベイビーが生まれるのを(今日明日にでも出てくると思っているようで)
楽しみにしていて、ほとんど毎日おなかのベイビーに話すという遊びをしていたので、悲しそうな顔をしていました。
私がひどく泣いているのでアリは心配して、泣かないで、と言ったり
玄関のドアを開けて「誰か〜!ママを助けてあげて〜!」と
(家の周りには誰もいないのですが)叫んだりしてくれていました。

花はおっぱいを欲しがったり、だっこしてほしくて泣き叫んだりもしていましたが、
それを無視して横になっている私が
アリに「花を助けてやって」とか頼むと、何でもやってくれました。
このけなげなアリの親切は、他の人々の親切と共に一生忘れないと思います。

アリがしばらく真剣な顔をして考えていたかと思うと
「ママ、どこかに行った方がいいと思うよ、ベイビーが出てこられるように」
というようなことを言うので、
「うん、明日パパが返ってきたら病院に行くよ」と言うと納得したようでした。
その後は元気にいつも通り遊んでいました。

その後も大量の出血が続き、

(流産するというのは、実は軽いお産のようなものだということが今更わかりました。
これまでなんとなく、ともしびが消えるように、終わってしまうものという印象を抱いていたのですが、
実はお産のように骨盤や子宮収縮の痛みや悪露、そして体に起こる大きな変化や負担などというのが、
軽いながらも同じようにあるのだなぁと改めて知りました。)

夜用のナプキンが1時間くらいでいっぱいになってしまうので困ったなと思っていたら、
ガムから連絡を受けたジェレマイヤ牧師が様子を見にきてくれたので、
必要なものを買ってきてくれるように頼むことができました。

夕食頃になって牧師が作ったスープも一緒に持ってきてくれたので、
どうにかご飯を炊き、子供たちに食べさせることができました。
でもおなかが若干痛かったりしんどかったりで、食卓に座って食べるのがせいいっぱいというところでした。
幸い子供たちは自分たちでぱくぱく食べてくれ、
その後ビデオを見せているうちにアリはすやすや寝てしまいました。

誰かに泊まりに来てもらおうかと思いましたが
電話の残高が(フィリピンの携帯はプリペイド式)0だったので
あきらめて寝ようとしていたら、
また牧師と教会員のジジさんとその夫と姪とその友人がバイク二台で来てくれ、
子供たちはジジさんのうちへ、私は病院へと運ばれることになりました。

アリは寝たまま、花は「バイバイ、ママ―」と機嫌よく去っていき、
私は牧師のバイクで島の唯一の病院に行きました。
私にとっては、花を生んだ病院でもあり、しょっちゅうお見舞いに行くのでかなりおなじみの場所です。

夜の9時半くらいに着いたのですが、待っている人が多く、
受付には誰もおらず、11時頃になってようやく受け付けてもらえました。
フィリピンの病院は付き添いが必須なので(規則上も、実際的にも)
ジジさんの姪のミランちゃんとその友人に付き添ってもらって、
指定される薬などを買いに走ってもらったり、いろいろ助けてもらいました。

部屋はどこもいっぱいで、私のベッドは産後の人々の病棟の廊下に5つくらい並んでいるその一つでした。
ジェレマイヤ牧師の子供もつい最近帝王切開で生まれたのですが、
彼らも廊下に寝かされていたので「かわいそうだね」などと言っていたら、
自分もそこになってしまったのでした。

でもまぁ廊下といっても行き止まりのところなので
ある意味部屋のようなもので、ただエアコンも扇風機もなく、
その暑さだけが難点でした。

次の日に別の教会員ラランさんが付き添いの交代に来てくれ、
ガムも朝早く着いて、花を持ってきてくれ、
いろいろな人もパンやスプーンや毛布やらをもってお見舞いに来てくれました。

検査をするので飲み食いしてはいけないということで朝から断食していましたが、
さんざん待たされたあと午後にようやく超音波検査をしてもらえました。

ベイビーが生存しているという期待はほとんどしていませんでしたが、
超音波で、ほぼ完全に空っぽになっているということがわかり、
ガムは泣いていましたが、私はこれではっきりしたなぁと、
そしてあの胎嚢?を保存してよかったと感じました。


その後、ガムは子供たちを迎えに行ったり幼稚園に送り迎えしたりし、
私は一人で暑いベッドの上でひたすら長い時間を過ごす中、
時折泣いたり、祈ったり、でも祈ると泣いてしまうので気晴らしに食べたりしていました。


突然空っぽになってしまった子宮と共に、
私の心にも、人生にも、空っぽの穴が開いてしまったことを感じていました。
でもその時、神様が一つのことを示してくださいました。
それは、イエス様のお墓も空っぽだった、ということでした。

イエス様は墓から出て行かれ、決して戻らなかったので、
イエス様のお墓も空っぽなんだ、ということをぼんやり考えながら、
ヨハネの福音書の復活のところを読んでみると、

   (復活されたイエス様に会って)弟子たちは主を見て喜んだ。
   イエスは重ねて言われた。
   「あなたがたに平和があるように。
   父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」

イエス様がこんなにも即、復活されるや否や弟子たちを遣わされたことが印象に残りました。
空っぽの墓tombは、弟子たちにとっての新しい出発地点、
新しく生まれるための子宮wombになったのだということを思いました。

イエス様の復活が、空っぽの墓こそが、遣わされていく原動力になったことを思いめぐらしているうちに、
私もここから新しく生まれなければならない、と思いました。

また、この空っぽが、神様の栄光で満たされるように、
ここから栄光が輝き出しますように、と祈りました。

このことを後で家族で夕日を見に行ったときにガムに分かち合うと、
一人でしばらく海のかなたを見つめていましたが、
帰りに、僕は新しい命を得たんだね(I have a new life)、と言っていました。

このあとから、あまり泣かなくてもすむようになりました。


入院中うちの子供たちはジジさんのお宅にお世話になり、楽しんでいました。
アリはまだ泊まりたいと言って駄々をこねたほどです。


入院して、体も心もしずまってよく休めたので、本当によかったと思います。
これほど持て余すくらいの時間がなかったら、なかなか心の整理がつかなかったかもしれません。


生理的なものもあるのでしょうが、
子供が生まれた喜び、子供をいとしいと思う気持ちが、
なくなるどころか、まるで世界中の子供に向かっていくかのようでした。

隣のベッド二つに生まれたての赤ちゃんがやってきて、その子たちを見ているだけで幸せでした。
自分のベッドにはいないことを思っても、
他の赤ちゃんを見ることが悲しくはなく、
むしろうれしいのでした。

最初のうちは母乳はあまり出ないので、赤ちゃんたちはおなかがすいてよく泣いていました。
その一方、私は最近まで花がおっぱいをやめられず飲んでいたので、
入院中お乳がたまってしまってぱんぱんになっており、飲ませてあげたいなーと思いました。
フィリピン人化した私はついにその二人の赤ちゃんのお母さんたちに申し出て、
二人の新生児に一回づつ、お乳をあげました。
初めてなのにちゃんと飲んでくれて、かわいかったです。
最後に、祝福を祈って別れました。


ガムに扇風機を持ってきてもらい、すこし過ごしやすくなりましたが、
それでも汗だくになってしまうほど暑いので、涼しめの別の廊下に座りに行ったりしていました。


ようやく退院してうちに帰り、ガムが家のそばのマンゴーの木の下に穴を掘ってくれ、
小さな箱にベイビーを収めてほんの短い間でしたが胸に抱いて連れて行き、
家族みんなで埋葬することができました。

I was actually 10 weeks pregnant
but on 8/8, our baby went back to heaven ahead of us...

I started to bleed a little bit in the night
just when Gam had left for Cagayan De Oro to fix our car,
so I was resting the next morning.
However, in the afternoon, there was a lot of blood and water came out
and it was unstoppable…
I noticed that it’s already impossible for the baby to survive
and I was very, very sorry and sad.

I came back to room crying, that made my 2 kids shocked.
I told Ali that the baby was gone, and he was sad, too.

Ali tried to help me so much as I was lying down.
Hana was crying because I couldn’t take a good care of her.
I thought of asking for someone’s help but had no load on my phone.
Ali did whatever I asked him to do
and once he came to me and said,
“Mama, I think you have to go somewhere… so that the baby can come out.”
I was thinking to wait for Gam who was coming home the next morning
to go to hospital, so I told Ali so, and he understood.

But that night, with help of church members and Pastor Jeremiah,
I was carried on motor bike and admitted to hospital.

Ali and hana stayed in Ate Jejet’s house for 2 nights and enjoyed time with friends.

It was good that I had very long, long time of rest in the hospital
so that I could cry, pray, and be comforted and accept the loss of the baby.

I promised the Lord that I’d praise Him no matter what’d happen,
so I kept my promise…
And because of that, we named our 3rd baby, “Sambi”
which means “praise” n Japanese
and the nick name Sam can be either male’s or female’s name.

We buried Sam’s body which I somehow managed to keep,
under a mango tree beside our house.


実はガムには夢で、私には祈りの中で、
神様が少し事前に心の準備をさせていてくれました。

ガムは私の妊娠がわかる前に夢で3人目の子供が天国にいるのを見て、
「うちの子は二人なのに、なんで3人目がいるの?アリと花のほかに生まれなかった子がいる?」
と泣きながら私に聞いてきたことがありました。
それで、妊娠が判明したのちもなんとなく心配していたようでしたが、
今になって、神様が心の備えをしてくれていたこと、
また、夢で我が子に一度会えたことを感謝していました。

私は、出血が始まった夜に祈っていて、
ベイビーを守ってください、どうかどうかまだ私から取り去らないでください、と祈りながらも、
最終的には祈りが
「たとえどんなことになっても、あなたがなさることは最善です。
どんなことになっても、あなたを賛美します」
という方向に導かれたことで、
少しこころの準備がなされていたような気がします。

なので、約束通り神様を賛美していました。
そのことから、ベイビーの名前を「賛美」Sambiにしようということになりました。
男の子か女の子かわからないので、どっちにも使えるSam
(英語ではサマンサやサミュエルの愛称)というニックネームにできるのもいいねということで。


ベイビー賛美ちゃん、サムは、これからもずっと私たちの家族の一員です。
時々愛してるよ、と話しかけています。
天国で待っていてくれ、天から助けてくれる子がいるのはなんと幸いなことでしょう。
天国に行くのがますます楽しみになりました。
顔はきっと、アリや花に少し似ているのでしょう。
性格はきっと、やさしい子だと思います。
やがて会えるのがすごく楽しみです。
画像
イエス様がそばにいてくださって面倒見てくださっていること、
またこの子が罪のない、完全な人生を歩めたこと、天国で幸せであることを感謝します。

いろいろと悲しい後悔や胸を突くような喪失感もありますが、
この子はいつまでも私たちの子であり、神様の子であり、
この子を与えてくださった主を心からほめたたえます。

I love you, Baby Sam, you will be always in our team!
You are a part of our family forever!
We’ll be with you there one day soon, I’m so looking forward to seeing you.
And I know that Jesus takes care of you so well
that you are happy and filled with love and peace there…

I still miss you, but I’m glad you lived a perfect & innocent life and safe in heaven now…
I’m happy that you are given to our family
and I’ll be forever thankful for that.
You are my child, our child, and mostly, His child.
Lord, I praise you!
Blessed be Your name!!

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